今回は非常に考えさせられた。
 おも~く、くら~く。そして、後味悪く・・。
 なので、固めの文体。分かっていながら、深夜に書いてみたり(^^;;


 少しの解釈の食い違いが、ネットを通してのコミュニケーションツールを使い過ぎたことで、一気に崩れた。
 発端は、久しぶりに顔をつきあわせたところで、及んだ結婚に関する話。
 「女性を紹介してほしい」との話の中で、『仕事仲間に女性もいて、これこれこういう人とかいるよ。』と、紹介したら、即答で拒否られた。
 同期への信頼をもって、自分の大切な仲間を紹介したものの、即答の否定。
 大切な仲間そのものを否定された感触。
 かなりイメージ悪。
 過ごした経験から、『そういうときの断り方くらい心得ているだろう』という、適当な推測は見事に外れた。
 安易に否定されるだろうということは、昔もそうだったように、ある程度予測がついていた。
 数年ぶりに会うことで、その意識が変わっていることを、心の中で非常に期待していた。
 ソーシャルネットワーキングな仲でもある、その友人とは、以降ネット上でのお付き合い。
 ネット上のツールを使って・・ということ以外、昔のように楽しく会話していたときもあったものの、会ったときに感じ得たものによって、印象が悪くなりつつあった。
 その後、付き合う女性への考え方を、友人の日記から見ることができた。
 こちらの好意は、完全に無視。
 あまりにも失礼なことをした・・という意識は微塵もない。
 
 以降、ネガティブチェック先行・・・。
 どうしても、レスは、ややきつめになってしまう。
 ここで、踏みとどまり、前向きに考えるべきだった。
 思いやりと優しさをもって、書き込むべきだった・・。
 このところでの、溜まりきったストレスと、体調不良。眠れない日々も続いていたり、満身創痍・・(;;)。
 そんな時、彼の別の書き込みに対し、私が過剰反応し、悪態をついた・・。
 揚げ足をとってしまった。
 以降、自身を罵倒されるメールが数着・・。
 返信以前に、読むだけで疲れるような長さ。でも読むことにした・・。
 「捨てられるのを前提に書いた」とのこと。
 『だったら、書くな。何も言うな、黙ってろ。
 行動の詳細に細かくレスを入れる文章。
 「自分はこう考える」「キミはこうだよね?
 『何故、こちらの考えを決め付ける?
 「返信しなければ、愚かだ」という前フリを持って、粘着系だったことに気付いた。
 理屈先行、揚げ足取り、気遣い無し、逆上させるように誘導する文章が延々続いていた。
 罵倒し、文章によって、『読み手が打ちひしがれている姿を想像し、それに快感を覚えているのでは?』と感じた。
 自分は、それに堪えうるだけの器量を持ち合わせていない。むしろその文章に誘導され、挑発に乗ってしまうほうだ・・。
 『もっと、堪えろ。すぐに、キレるな
 退社直前に、そう教えてくれた前出向先の社長の言葉を、何度となく思い出した。
 引用を含まず、失礼をかましていたことを考えてもらうようにした。
 もらった文章や彼の行いが、許容範囲から出ていたことを、内容に含めた。
 自身を罵倒している文章には、恣意的でない本心であることを確認した。
 長い付き合いが、不本意な形に流れたことを悲しんでいることを書いた。
 これを友人に返信した。
 少しの「余裕」を持たせて・・・。
 待ち構えていたかのような、案の定の返信。
 考えが、また主張されている。調子は変わらなかった。
 『知るかっ!、うぜえ(`´)
 日本刀で斬りつけられているところに、機関銃で蜂の巣にされた感じ(;;)。
 いい加減、疲れた。
 結果、その友人との人としての繋がりを、諦めることにした
 たとえ学び舎を共にした、友人であっても。
 社会に出て、新たな人との繋がりの中で重ねた失敗から学ぶモノだって、あっただろうに・・。
 尊敬できる人物を目前にして、受ける刺激だって、あっただろうに・・・。
 経験から、「禁じ手」を学ぶ機会だって、あっただろうに・・・。
 久しぶりの再会は、互いの「変わらぬところ」を確認しつつ、経験から得られる、内面の成長をした部分があればこそ、互いを敬い、認めあいたい。
 だから、再会は楽しいんだと思う。派生して広がるものもあるんだと思う。
 学生時代と変わりなく、終始受身でいた友人との再会で、その辺の楽しさが感じ取れなかったときから、『こうなることは、決まっていたのかもしれない・・・』と、今改めて思ってみたり。
 久しぶりに打ちのめされました。
 ウザイと思った分だけ、辛いですね・・・(;;)。
 自分は、人として成長しているのかなぁ・・・。まだ、成長できるのかなぁ・・・。
 もう止まってしまったのかなぁ・・・。
まだまだ成長したいです・・・私は(^^)、『』としても・・・。